2007年12月01日

【nhk連続テレビドラマ「風林火山」】これまでのストーリ編(第46〜第48話) 

風林火山」も終盤に入ってきて大変おもしろくなってきましたね。

それでは、ストーリーをご紹介します(NHKホームページから)

第46回 「関東出兵」 11月18日放送
 永禄3年(1560)、長尾景虎(Gackt:ガクト)は遂に上杉憲政(市川左團次)を奉じて関東に出陣した。北条氏康(松井誠)を倒し、関東の旧秩序を回復するのが目的だった。
 同じ頃、由布の忘れ形見・四郎(池松壮亮)が元服し、諏訪勝頼を名乗ることとなり、勘助(内野聖陽)は感激とともに来たる越後勢との決戦に向け身を引き締めた。
 上野国に進撃した景虎のもとには関東の武将がはせ参じ、たちまち十万もの大勢力となった。 勝利の暁には憲政より関東管領職を譲り受ける約束の景虎だが、いつしか驕りが生じていることを宇佐美(緒形拳)は危ぶんでいた。
 景虎は武蔵国忍城を治める成田長泰(利重剛)の妻・伊勢(井川遥)に心を奪われ、人質として 同行するよう命じる。大勢力となった景虎の軍は、一気に北条の本拠地・小田原城を囲んだ。 しかし、それこそ氏康の思う壺であった。小田原城は難攻不落の大要塞、寄せ集めの大軍の士気は包囲が長引くに連れ次第に低下していった。
 戦況が膠着する中、景虎は上杉家ゆかりの鎌倉・鶴岡八幡宮にて上杉家の家督を継ぎ関東管領となることとした。長尾景虎は上杉政虎となり、生涯の絶頂期を迎えた正にその時、関東を揺るがす大事件が起きた。

第47回 「決戦前夜」 11月25日放送
 関東管領を継いだ上杉政虎(Gackt:ガクト)は、その就任式の帰路、馬を降りて挨拶しなかった成田長泰(利重剛)を無礼であると激怒、鞭で打ち据えた。しかし、成田は下馬せずに挨拶することを古来許されてきた名門だった。怒った成田は人質となっていた妻・伊勢(井川遥)を残し兵を引き上げた。
 残された伊勢は古来からの慣例を知らぬ政虎の無知と短慮を罵った。小田原の包囲が長引き、動揺していた関東の武将も次々に逃げ出し、政虎の関東統一は失敗に終わり、北条氏康(松井誠)は危地を脱した。政虎は知らず知らずのうちに慢心していたことを悟り、武田との決戦に思いを新たにした。
 勘助(内野聖陽)もいよいよ決戦が近いことを悟り、養女としたリツ(前田亜季)に香坂弾正(田中幸太朗)との祝言を勧める。
 そして遂に決戦の時がやってきた。永禄4年(1561)8月、上杉軍一万八千は信濃川中島を目指し挙兵した。知らせは海津城を守る香坂より、即座に甲府へ伝えられた。信玄(市川亀治郎)は全ての重臣を集め、決戦に向けての評定に臨んだ。

第48回 「いざ川中島」 12月2日放送
 永禄4年(1561)8月、政虎(Gackt:ガクト)率いる上杉軍は川中島に向けて出陣した。 知らせを受けた信玄(市川亀治郎)は直ちに出陣を決意。勘助(内野聖陽)はリツ(前田亜季)に見送られ、いよいよ決戦に旅立つ。
 途上、勘助は諏訪に立ち寄った。由布姫(柴本幸)の一粒種・勝頼(池松壮亮)の初陣を墓前に報告するためだった。勘助はそこで由布の幻影を見た。由布は「いってはならぬ」と勘助の袖を引き、悲しげにかぶりをふった。勘助は張り切って現れた勝頼に、とっさに嘘をつき領内にとどめることとした。
 川中島では政虎は、敢えて武田領に深く入り込む形で妻女山に登り陣を布いていた。勘助は武田軍をおびきだそうという政虎の意図を見抜き、先制攻撃は不利と見、両軍はにらみ合いの形となった。
 対陣が二週間に及んだ9月9日、思いがけない知らせが届いた。先の戦で行方不明になっていた原虎胤(宍戸開)が生きていたのだ。勘助が駆けつけると原は不思議な老婆・おふく(緑魔子)の家で傷を癒していた。
 敵に気づかれずに動く策を探っていた勘助は、おふくに川中島に深い霧がいつ出るかを尋ねる。おふくの答えは明日早朝だった。勘助は闘志も露わに空を睨みつけた。

【管理人の一言】
物語はいよいよ川中島での決戦へと展開していきますね。
posted by abelu at 21:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本テレビドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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OLさんと交わってきた(笑)
Excerpt: ココに入って、初日からちょめちょめヤレた(笑) しかも39萬ももらえたし(笑)
Weblog: かまくらばくふです!
Tracked: 2007-12-03 05:04

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